10月20日、宇都宮市は待望のLRT西側延伸について、開業時期を2036年3月とする計画案を公表しました。
→LRT西側延伸、開業は2036年3月に 宇都宮市が「実施計画案」を市議会に説明(とちテレNEWS)
2024年11月の市長選で佐藤市長が「2030年開業」を公約に掲げて当選したにもかかわらず、事業環境の激変で、わずか1年足らずでの大幅延期となってしまいました。
市長自身も議員協議会で「30年開業がかなわず、心からおわびする」と陳謝する事態となりました。
この発表を受けて、栃木県の福田知事は「時期が具体的に示されたことは評価できる」としながらも、
JR線をまたぐ工事費について「これを切り離して考えることも視野に入れるべきだ」と発言しています。
→栃木県知事、LRT西側延伸「36年開業に間に合うよう準備を」(日本経済新聞)
知事のこの発言は、一見すると建設的な提案のように聞こえますが、実は現計画の実現可能性に疑問を持っていることの裏返しではないでしょうか。
このブログでは1年以上前から、LRT西側延伸は建築コストと供給制約の問題から実現困難になる可能性が高いとお伝えしてきました。
過去ログ→【インフレと人手不足で、東京都心部でも再開発が困難に!?】LRT西側延伸と宇都宮駅西口の再開発にも暗い見通しが💦(2024年10月8日のブログ)
そして今、私が懸念していた予想が、ついに現実のものとなってしまいました😭
2030年開業から2036年開業へ、そして…
まず、今回発表された計画の主なポイントを整理しておきましょう。
開業時期は2036年3月とされ、当初の市長公約「2030年」から6年もの遅れです。
概算工事費は税抜き698億円(税込み約770億円)と見込まれています。
これは以前から予測されていた約700億円という数字にほぼ一致しますが、当初の約400億円から1.75倍にも膨れ上がっています。
ここで疑問が出ます、現状でもインフレが続き今年初頭から、明らかに物価の上昇は加速しています。
インフレが継続するなか、10年以上先、2036年開業予定のインフラが、増額された予算内で本当に実現可能なのか?
予算面からも計画の不確実性は、誰の目から見ても明らかではないでしょうか。
また、延期の表向きの理由は、地下埋設物の移設工事に時間がかかること、追加の用地取得が必要なこと、などとされています。
確かに駅西側は東側よりも電気ケーブルやガス管などのインフラ埋設物が多く、移設作業は複雑を極めるでしょう。
しかし、この表面的な説明の裏側には、もっと深刻な構造的問題が横たわっています。
それは、全国的に広がる建設業界の供給制約という、今の日本社会が直面している避けられない現実です。
全国で続出する「建てたくても建てられない」異常事態
2025年の今、日本全国で公共工事の入札が成立しない事態が続出しています。
建設業の倒産件数は2024年1月から10月だけで1,566件に達し、過去10年で最も多いペースとなっています。
ここで注目すべきは、倒産の理由です。建設業の倒産のうち12.0%に相当する118件が「物価高」が原因でした。
これは何を意味するのでしょうか。
簡単に言えば、工事を受注すればするほど赤字が膨らんで倒産してしまうという、信じがたい状況が現実になっているのです。
なぜこんなことが起きるのでしょうか。
公共工事の予算は年度初めに決まりますが、実際に工事が始まる頃には、作業員の人件費や資材価格が想定を大きく上回って高騰してしまいます。
特に熟練した職人が不足しているため、現場では予算以上の高い日当を払わなければ人を集められません。
鉄骨、木材、住宅設備なども値上がりが続き、さらに燃料費や運搬費も上昇しています。
つまり、予算は決まっているのに、実際にかかるコストがそれを大幅に超えてしまう。
受注した建設会社は工事をすればするほど赤字が膨らむという、まさに「やればやるほど損をする」状況に陥っているのです。
このため、生き残りをかけた建設会社は経営方針を大きく転換しています。
利益が見込める案件だけを厳選し、採算の取れない工事は最初から手を出さないという「選別受注」が当たり前になってきました。
その結果、どんな事態が起きているのでしょうか。
奈良市では、小学校の新築工事に約51億円の予算を用意したにもかかわらず、入札に応じる業者が1社もありませんでした。
市は12億円も予算を上乗せしようとしましたが、議会で否決されてしまいました。
さらに深刻なのは、さいたま市のケースです。
約3,600人の子どもたちが通う予定の新しい学校の建設工事で、市は当初148億円の予算を用意しました。
しかし応札する業者がいなかったため、163億円に増額しました。
それでも応札はゼロ。
2回連続で入札が不成立となり、2028年4月に開校する予定が大幅に遅れることが確実になっています。
子どもたちの学校でさえ建てられないのです。
これらは特別なケースではありません。
全国各地で同じような事態が起きており、必要不可欠な公共施設やインフラでさえ整備できない状況が、今や当たり前になりつつあるのです。
では、LRT西側延伸のような大型プロジェクトはどうでしょうか。
駅を空中で横断させる軌道工事は、高度な技術と豊富な経験を要する専門性の高い工事です。
しかし、こうした工事ができる会社は限られており、その少数の専門業者は、より条件の良い民間の再開発案件を優先する可能性が高いのです。
700億円という事業費は地方都市としては確かに大型です。
しかし現在、大手建設会社は収益性を最重視しており、地方の単発プロジェクトよりも、都市部の継続的な再開発事業に人材と資材を集中させています。
実際に、スーパーゼネコン5社の2024年度平均受注高は1兆6,412億円に達しています。
東京の中野サンプラザ3,500億円規模の再開発など、都市部では複数の巨大案件が同時進行しており、建設会社はこうした高収益案件を優先しているのが現実です。
つまり、予算があっても、技術力のある建設会社が手を挙げてくれなければ、工事は始まらないのです。
宇都宮のLRT西側延伸も、この厳しい現実と無縁ではありません。
10年後の未来が見通せない時代に
今から11年後の2036年。
この時、宇都宮市はどのような街になっているのでしょうか。
人口は? 経済状況は? 技術革新は? すべてが不透明です。
10年以上先ともなると、街の人口だけでなく、経済状況もまったく見通せず、計画自体が希薄化してしまいます。
まして、建築の供給制約は年々増すばかりで、受注できる工事が激減するのは明らかです。
2025年のLRT車両価格は1編成約15億円です。2023年の当初価格約4.3億円から、わずか2年で3.5倍という衝撃的な価格上昇を記録しています。
西側延伸には「あと10編成程度は必要になる」とされており、このペースで価格が上昇し続ければ、車両費だけで当初予算を大幅に超過してしまう可能性があります。
インフレは今後も続くと予想されますから、工事が遅れれば遅れるほど、最終的な総事業費は1000億円を超える可能性も否定できません。
市長も市も苦しい立場に
佐藤市長は西側延伸を公約として当選した以上、実現困難だとわかっていても「延期」という形でお茶を濁すしかない状況ではないかと推測できます。
決して「中止」とは言えません。
しかし、現実を冷静に見れば、誰もがわかるはずです。
福田知事の「JR線をまたぐ工事を切り離して考えることも視野に入れるべき」という発言も、実は非常に重要な意味を持っています。
これは事実上、「東西を接続せず、西側を独立した路線として整備する」という代替案を示唆しているのではないでしょうか。
もしそうなれば、それは当初計画の大幅な縮小を意味します。
しかし、700億円という巨額の予算を投じて、LRTの最大の利点である「東西の直通運転」を諦めてまで、西側だけを整備する意味があるのかは議論を呼びそうです。
知事自身も、現計画の実現可能性に疑問を持っているからこそ、このような発言をしたのだと考えるのが自然ではないでしょうか。
もはや新たなインフラ整備が困難な時代に
私たちは今、歴史的な転換点に立っています。
もはや今の状況では、LRTに限らず新たなインフラの整備が困難な状況です。
それは全国の公共工事の入札不調から明らかです。
宇都宮市の森林公園の再整備も、資材や人件費の高騰で総事業費が増大し、再開発ができない状況で着工の目処が立っていません。
JR宇都宮駅東口のハイブランドホテル計画も、建設費高騰で事実上の計画凍結状態です。
これらはすべて、同じ構造的問題に起因しています。お金があっても、建物やインフラを「つくれない」時代に突入しているのです。
宇都宮市の不動産マーケットへの影響
この延期発表により、宇都宮市の不動産マーケットには東西で明確な二極化が進む可能性が高くなりました。
既にLRTが開業している東側沿線では、地価上昇が継続し、企業誘致も順調に進んでいます。
脱マイカーによる新しいライフスタイルも定着しつつあり、投資効果は実証済みです。
この東側への資金と開発の集中は、今後さらに加速するでしょう。
一方、駅西側エリア、特に延伸予定エリアの不動産価値には、大きなマイナス影響が及ぶと予想されます。
LRT延伸を見込んで西側地域に投資を行った不動産オーナーや開発業者にとって、この延期は大きな打撃です。
さらに深刻なのは、延期ではなく計画自体が頓挫する可能性が高まっていることです。
一度延期となったインフラ計画は、その後の政治情勢や財政状況の変化により、最終的に中止となるケースが少なくありません。
佐藤市長の任期中にLRT西側延伸工事が着工にいたれない場合、次の選挙で、LRT延伸に消極的な市長にでもなれば、計画はあっさりひっくり返る可能性が高いでしょう。
過去ログ→【どうなる宇都宮市長&栃木県知事選挙!?】政治にほんろうされ続けた、LRT開通までの30年を振りかえると!?
既存のLRT東側路線が、紆余曲折を得ながら計画から30年もかけてようやく開業にこぎつけたことを考えればよくわかるはずです。
今回の発表で、西側地域は街を進化させる大きなインフラ開発が先送りされたことで、不動産価値が長期にわたって低迷を余儀なくされる可能性が高くなりました。
今後は既存施設の有効活用へ
これからの時代、新たなインフラを整備するよりも、既存施設の有効活用をせざるを得なくなります。
限られた資源を最も効果的に活用するためには、既に成功しているインフラを最大限活用し、そこに人と企業と投資を集約する「選択と集中」の戦略が不可欠です。
宇都宮市の不動産マーケットでは、LRTが整備された街の東側に新たな不動産開発が集中するのは必然で、街の西側は相対的にゆっくりとした下り坂の衰退をすると予想されます。
これは決して「諦め」を意味するのではありません。
現実を直視し、限られた資源で最大の効果を生み出す、賢明な判断が求められるでしょう。
まとめ
LRT西側延伸の2036年開業という発表は、表面的には「延期」ですが、実質的には「計画の無期限延期」に近い状況だと見るべきでしょう。
10年以上先の計画は、経済状況の変化、技術革新の進展、人口動態の変化など、あまりにも多くの不確定要素を抱えています。
建設業界の供給制約がさらに深刻化すれば、この計画が実現する可能性はさらに低くなります。
知事の発言も、現計画に対する懸念を示唆しており、今後は代替案や計画の大幅な見直しが議論される可能性が高いでしょう。
私たち不動産業界の現場にいる者としては、この現実を冷静に受け止め、皆さまに正確な情報をお伝えしていく責任があります。
期待や願望ではなく、事実に基づいた判断が、今ほど重要な時代はありません。
宇都宮市の未来を考える上で、LRT東側への資源集中と、西側の現実的な再生戦略の両立が、これからの重要な課題となると見ています。
今回の内容が、皆さまのお役立てば幸いです🙌
本記事は2025年10月23日時点の情報に基づいています
★荻原功太朗の業務について★

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