先日、宇都宮市の佐藤市長が選挙公約として2030年開業を目指していたLRT西側延伸について、開業時期を延期することを明らかにし、陳謝していました。
延期、開業未定になったとはいえ、まだ多くの市民の皆さまが「いずれは完成するのでしょう?」という大きな期待を抱いているかと思います。
しかし、不動産業界の現場にいる私から見ると、2025年の今、日本全体で「建設業における採算の限界」を超えた異常事態が起きており、もはやお金があっても建物やインフラ整備ができない時代に突入しているのを目の当たりにしています。
最も象徴的なのは東京都心部の状況です。
投機マネーが流入し、異様なバブルの熱狂に包まれ、マンション価格は史上最高値を更新し続けているにも関わらず、新規供給戸数は年々減少し続けています!
価格が上がり続けているのにも関わらず、供給量は減り続けるという、経済学の常識では説明できない現象が起きているのです。
これこそが、建設業界が直面している「採算の限界突破」を如実に物語っています。
東京都心でさえ「採算割れ」する異常事態
東京都心部の主だった再開発事業でも軒並み、計画の延期や見直しが相次いでいます。
→白紙の中野サンプラザ再開発 デベロッパーとゼネコン、逆転した力学(日本経済新聞)
中野サンプラザの再開発では、計画が立ち上がった21年から着工を目前にし、実に2倍近い規模の増額となり、計画そのものが白紙となりました。
さらに驚いたのは、京王電鉄とJR東日本が計画していた新宿駅南口の再開発です。
工事を請け負うゼネコンが見つからず、2028年度としていた完成時期を「未定」となりました。
つまり、新宿駅前という超一等地でさえ、採算が取れないため誰も建設を請け負わない状況になっているのです。
「売上は上がるが赤字が拡大」という悪魔のスパイラル
建設業界で起きているのは、実に皮肉な現象です。
2025年上半期の建設業倒産は986件となり、過去10年で最多の倒産件数を更新しました!
注目すべきは、その中身です。
建設業の倒産全体のうち12.0%に相当する118件が「物価高」に起因した倒産でした。
つまり、仕事があるのに、受ければ受けるほど赤字が膨らんで倒産するという、これまでの常識では理解できない状況が現実化しているのです。
この現象の背景には、建設コストの構造的変化があります。
2025年度の公共工事で支払われる賃金は過去最高水準に達していますが、実際の現場では熟練職人の不足により、さらに高い日当を払わなければ人を確保できません。
加えて、鉄骨、木材、住設機器などの資材価格も高止まりしており、燃料費、運搬費も大幅に上昇しています。
結果として、売上単価は確実に上昇していますが、コストの上昇がそれを大幅に上回るという「採算割れ常態化」が発生しているのです。
建設会社が「仕事を選ぶ時代」の到来
この採算悪化により、残存する建設会社は完全に経営戦略を転換しています。
生き残りをかけ、利益率の良い案件のみを厳選し、採算の見込めない工事は最初から避けるという「選別受注」が当たり前になりつつあります。
具体的には、以下のような判断基準で案件を選別しています。
民間工事では高収益案件への集中が進んでいます。
都心部のタワーマンションや高級商業施設など、潤沢な予算があり、工期にも余裕のある案件に人材と資材を重点配分します。
こうした案件では、多少の追加コストが発生しても予算内で吸収できるため、建設会社にとってはリスクが少なく利益率も確保できます。
一方、公共工事は敬遠される傾向が強まっています。
予算が厳格に決められており、追加コストの発生に対する柔軟性が乏しいからです。
さらに、工期が短く設定されがちで、人手不足の中では工程管理が極めて困難になります。
また、小規模・短工期・複雑工事の回避も顕著になっています。
これらの案件は管理コストが高く、トラブル発生時のリスクも大きいため、現在の人手不足状況では採算を確保するのが困難だからです。
この傾向は、宇都宮市のような地方都市に特に深刻な影響を与えます。
地方都市では大型案件が少なく、建設工事の大部分が「小規模・短工期・複雑工事」に該当するからです。
個人住宅の建設、小規模店舗の改修、既存建物のリノベーション、狭小地での建築など、まさに地方都市の日常的な建設需要のほとんどが、現在の建設会社が避けたがる案件となってしまっているのです。
歪んだ市場構造:公共工事 vs 民間工事
この建設会社の選別受注により、極めて歪んだ市場構造が形成されています。
すでに栃木県内でも公共工事の入札不調が発生しています!
→那須塩原市、新庁舎工事の入札不調 共同企業体1者が辞退 見直し検討し、再公告へ(下野新聞)
公共工事では入札不調、「応札者なし」が頻発しています。
2025年の大阪・関西万博関連工事では、テーマ館や大催事場などの施設で、予定価格を大幅に引き上げて再入札を実施しましたが、それでも応札者が現れない案件が続出しました。
公共工事停滞の根本的な解決策は見つかっておらず、建設会社にとって、公共工事は「やればやるほど赤字になる案件」と認識され始めています。
一方で、民間工事では逆に価格競争が激化するという現象が起きています。
限られた高収益案件に建設会社が殺到するため、受注競争が過熱し、結果として工事費が高騰するという皮肉な状況です。
東京都心部の高級マンション建設では、デベロッパー側が予想を大幅に超える建設費を提示されるケースが続出しており、事業採算の見直しを余儀なくされています。
バブル価格でも採算が取れない矛盾
東京都心部のマンション市場を見ると、この矛盾がより明確になります。
投機マネーの流入により、都心部の新築マンション価格は1億円を超えることも珍しくなくなりました。
一見すると、デベロッパーにとっては「売り手市場」で利益を上げやすい環境のように思えます。
しかし実際は、バブル的な価格上昇があってもなお、建設コストの上昇がそれを上回るため、採算の取れる物件が激減しているのです。
そのため、金融商品として購入される超高額物件(投機目的で購入される億単位の物件)でなければ、もはや新規開発の採算が取れません。
実需で購入する一般的な価格帯の物件は、建設コストと釣り合わないため、供給自体が成り立たなくなっているのです。
これが、「価格は史上最高なのに供給戸数は減り続ける」という矛盾の正体です。
地方都市では「採算ライン」がさらに高くなる
この採算の限界は、地方都市である宇都宮市にとってより深刻な問題となります。
東京都心部のような投機マネーが流入しにくい宇都宮市では、新築マンションや戸建住宅の販売価格には明確な上限があります。
購入者の大部分が実需であり、年収に基づいた現実的な予算で購入するからです。
つまり、売上単価を東京のように大幅に上げることができないにも関わらず、建設コストは全国一律で上昇しているという、より厳しい採算環境に置かれているのです。
実際、複数のマンションデベロッパーと話をする機会がありましたが、彼らの開発方針は極めて明確です。
「JR宇都宮駅から徒歩5分圏内でなければ開発しない」というものです。
これは何を意味するかというと、駅至近の確実に高値で売れる立地でなければ、もはや事業として成立しないということです。
建設会社側も同様の判断をしています。宇都宮市内の工事案件では、都心部の高収益案件と比較して明らかに利益率が劣るため、人材や資材を優先配分する動機が乏しくなっています。
LRT西側延伸も「採算の限界」の犠牲に
宇都宮市のLRT西側延伸延期も、まさにこの採算の限界と建設会社の選別受注による影響を避けられません。
事業費が当初400億円から700億円へ膨張したということは、同じ内容の工事でも1.75倍のコストがかかるようになったことを意味します。
しかし、LRTという公共交通の価値や必要性が1.75倍になったわけではありません。
さらに深刻なのは、建設会社側がこのような大型公共工事を敬遠する傾向が強まっていることです。
長期間にわたる工事で、厳格な予算制約があり、追加コスト発生時の調整が困難な案件は、現在の建設業界では「避けるべき案件」と判断されがちです。
実際、LRT西側延伸のような駅を空中で横断させる軌道工事は、高度な技術と豊富な経験を要する専門性の高い工事です。
しかし、施工可能な会社は限られており、その少数の専門業者は、より条件の良い民間案件を優先する可能性が高いのです。
700億円という事業費は地方都市としては大型ですが、現在の大手建設会社が収益性と効率性を重視する中では、相対的に魅力度の低い案件とみなされがちです。
実際に、スーパーゼネコン5社の2024年度平均受注高は1兆6,412億円に達しており、これらの企業は単発の大型案件よりも、継続的に高い収益を見込める都市部の再開発事業に経営資源を集中させています。
中野サンプラザの3,500億円規模の再開発のように、都市部では複数の大型案件が同時進行しており、限られた人材と資材をこれら高収益案件に優先配分する戦略を取っているのです。
宇都宮市の不動産市場への深刻な波及効果
この採算限界と建設会社の選別受注は、宇都宮市の不動産市場に以下のような深刻な影響をもたらすと予想されます。
新築供給の事実上停止により、これまで新築を前提に住宅購入を検討していた層が、中古市場に大量流入することになります。
特に、ファミリー向け新築戸建住宅では、建設コストの上昇により、一般的な年収層では手の届かない価格帯になってしまうでしょう。
そのため、築浅で程度の良い中古物件の価値は、新規の供給が制限される以上、上昇圧力がかかります。
開発業者の宇都宮撤退加速も予想されます。
採算の取れる物件が極めて限定的になることで、地方都市での事業展開を見直す企業が増加します。
全国的に展開しているデベロッパーにとって、宇都宮市は「後回し」にされる市場になる可能性があります。
インフラ整備の大幅遅延により、将来の発展期待を織り込んだ不動産価格の調整も避けられません。
LRT西側延伸の延期、県立美術館・図書館・文書館の複合施設などの公共施設の先行き不透明化により、これらの整備効果を期待していたエリアでは、長期的な不動産の価値上昇が見込めにくくなるでしょう。
中古市場が主戦場となる新時代へ?
このような構造変化により、宇都宮市では近い将来、中古市場が不動産取引の主戦場となる時代が到来することが予想されます。
新築が「金持ちの特権」となる中で、一般的な住宅需要は必然的に中古物件に向かわざる得ません。
しかし、これは単純に価格が安いからという理由だけではありません。
適切にメンテナンスされた中古物件の価値が相対的に大幅上昇するという現象はすでに全国で起こり始めています。
新築供給が極めて限定的になることで、質の良い中古物件への需要が集中し、結果として中古物件の価格も上昇圧力を受けることになります。
特に、LRT東側沿線の築浅物件や、JR宇都宮駅徒歩圏内の中古マンションなど、「選ばれるエリア」の既存住宅は、新築との価格差が縮小し、投資対象としても魅力的になってくる可能性が高いと見ています。
投資戦略の根本的転換が必要
この採算限界と選別受注の時代に対応するため、不動産に関する考え方を根本的に見直す必要があります。
「新築志向」からの完全脱却が不可欠です。
新築は一部の富裕層のみが購入可能な商品となり、一般的な住宅需要とは切り離された市場となりつつあります。
それと相関して、エリア選別の重要性もこれまで以上に高まっています。
建設会社に「選ばれるエリア」と「見放されるエリア」の格差は今後さらに拡大するため、投資判断においてはエリアの将来性を慎重に見極める必要があるでしょう。
見過ごされがちですが、既存住宅の価値最大化戦略が非常に重要になります!
適切なリフォームやメンテナンスにより、新築に近い快適性と機能性を実現することで、市場価値を大幅に向上させることが可能になるでしょう。
まとめ:選別の時代の現実的戦略
全国で起きている建設業界の採算限界突破と選別受注は、一時的な現象ではありません。
人口の増え続けている、東京23区でさえ、建物の供給が20年以上減り続けています。
ここ数年の建設コストの構造的上昇により、建設会社が利益率の良い案件のみを選んで受注する時代が完全に到来しました。
その結果、公共工事では「応札者なし」が頻発し、民間工事では高収益案件への競争が激化するという、極めて歪んだ市場が形成されています。
宇都宮市のような地方都市では、この影響はより深刻です。
売上単価を大幅に上げることができない中で建設コストだけが上昇するため、多くのエリアが建設会社から「見放される」リスクがあります。
しかし、この変化は不動産投資の観点では大きなチャンスでもあります。
全国的に新規の不動産開発ができなくなっていく以上、需要のある中古物件の価値は確実に上昇していくからです。
新築供給が激減する中で、立地の良い既存住宅への需要は必然的に集中します。
特に、JR宇都宮駅徒歩圏内、LRT東側沿線の駅近物件など、「選ばれるエリア」の中古物件は、新築との競合がなくなることで希少価値が大幅に高まる可能性が増しています。
重要なのは、この構造変化をいち早く理解し、質の良い中古物件を適切に確保・活用できる人こそが、これからの不動産市場の勝者となりそうです。
今回の内容が、皆さまのお役に立てば幸いです🙌
★荻原功太朗の業務について★








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