宇都宮市が推進する「ネットワーク型コンパクトシティ」構想。この計画の中核となる立地適正化計画では、市が「住んでほしいエリア」と「お店や病院などを集めたいエリア」を設定し、市民の生活利便性向上を図ろうとしています。
しかし、実際にこれらの市推奨エリアに移住することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
そして、理想的な計画の実現を阻む現実的な課題とは何なのでしょうか。
今回は、立地選択を間違えると後々後悔しかねない、宇都宮市の都市計画を深堀りします。
立地適正化計画が描く理想的な暮らし
宇都宮市の立地適正化計画は、単なる都市計画ではありません。
人口減少と超高齢社会が進む中でも、「100年先も持続的に発展できるまち」を目指す壮大な構想です。
市推奨エリアに移住する最大のメリットは、生活インフラの充実度です。
病院、診療所、スーパー、銀行、保育所などの日常生活に必要な施設が徒歩圏内に集約されることで、車に頼らない生活が可能になることです。
特に高齢者にとって、これらの施設へのアクセスが良好であることは、将来の生活設計において重要な要素となります。
さらに重要なのは、これらのエリアが将来にわたってインフラ投資の優先地域となることです。
優先的に上下水道、道路、橋梁などの更新や維持管理も継続的に行われる可能性が高いため、長期的な住環境の安定性が確保されやすいでしょう。
市の充実した支援制度の全容
宇都宮市では、生活拠点エリアの充実に向けて手厚い支援制度を整備しています。
対象となる18のエリア
市が指定する生活拠点エリアは全部で18か所あります。
中心部の都市拠点エリアをはじめ、公共交通の利便性の高い場所をベースに、宇都宮市内に対象エリアが設定されています。
また、本来は自由な住宅建築が認められていない、市街化調整区域でも、各地区市民センター周辺エリアが地域拠点として指定されています。
これらのエリアは、市が将来にわたって重点的にインフラ整備や維持管理を行う可能性の高い地域であり、長期的な資産価値の維持が期待できる場所です。
事業者向けの手厚い補助制度
生活拠点エリアに病院や商業施設を建設する事業者に対しては、非常に手厚い補助制度が用意されています。
建設費補助:施設整備費の10%、最大1億円(中心部では3億円)
改修費補助:改修費の10%、最大3,300万円(中心部では1億円)
家賃補助:家賃の10%、年間最大500万円(中心部では1,500万円)を3年間
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移住者向けの充実した支援制度と立地適正化区域の密接な関係
宇都宮市では、事業者向けの支援だけでなく、移住者個人に対しても魅力的な支援制度を豊富に用意しています。
重要なのは、これらの移住者向け支援制度の多くが、立地適正化計画で定められた居住誘導区域や都市機能誘導区域内への移住を条件としていることです。
以下に、現在もらえることができる補助金一覧を列挙します。
移住支援金:東京圏から移住し、県内企業に就職または起業した方に単身60万円、世帯100万円を支給。令和5年4月以降は18歳未満の子ども1人につき100万円の子育て加算も追加されます。ただし、宇都宮市の場合、居住誘導区域、高次都市機能誘導区域、都市機能誘導区域、または指定された地区計画区域内に居住することが必須条件となっています。
マイホーム取得支援事業補助金:「市推奨エリア等」に住宅を取得する世帯に対し、市外転入者は最大85万円、市内在住者は最大50万円、さらに子ども1人につき5万円を加算して支援します。この「市推奨エリア等」とは、居住誘導区域および指定された地区計画区域を指しており、立地適正化計画と直結した制度となっています。
若年夫婦・子育て世帯等家賃補助金:居住誘導区域内の民間賃貸住宅に転居した若年夫婦や子育て世帯(市外転入者)に対し、最大12万円(子ども1人につき1万円加算)を一括補助します。この制度も明確に居住誘導区域への移住を促進するための仕組みです。
結婚新生活支援事業:結婚に伴う住宅取得費用や引越費用などに対し、一世帯あたり最大30万円(夫婦共に29歳以下の場合は最大60万円)を補助します。
東京圏通勤・通学支援補助金:宇都宮市に住みながら東京圏に通勤・通学する方の新幹線定期券購入費を補助し、多様なライフスタイルをサポートします。
家庭向け脱炭素化促進補助金:ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)については、居住誘導区域内の住宅のみが対象となり、20万円の補助が受けられます。
このように、宇都宮市の移住者向け支援制度は、単に移住を促進するだけでなく、立地適正化計画で定められた特定のエリアへの居住を強力に誘導する仕組みも用意されています。
市としては、アメ(補助)とムチ(規制)を使い分けたいところでしょうが、公平性の観点から規制は難しく、補助制度(アメ)を通じて「ネットワーク型コンパクトシティ」の実現を図ろうとしています。
20種類の生活施設を計画的に配置
各エリアには、病院、大学、商業施設、劇場・ホール、銀行などの高次都市機能から、診療所、薬局、スーパー、ドラッグストアなどの身近な生活施設まで、計20種類の都市機能が計画的に配置されます。
さらに、少子・超高齢社会に対応した機能として、介護保険サービス提供施設や教育・保育施設等も各エリアに配置される計画です。
また、近年の自然災害の頻発化に対応し、浸水リスクの高いエリアでは防災対策への支援も行われています。
止水板や防水扉の設置、排水ポンプの設置、電気設備の移設・嵩上げなどに対して、設備費の3分の1を補助する制度が用意されています。
公共交通網の恩恵
ネットワーク型コンパクトシティの「ネットワーク」部分も見逃せません。
LRTの開通により、市推奨エリア間の移動が格段に便利になりました。
これからLRTの西側延伸が計画されており、街の東西のスムーズな移動と、後々は東武宇都宮線との乗り入れも検討されており、公共交通で効率的に移動できるよう整備を進めていく予定となっています。
自家用車への依存度が高い宇都宮市において、公共交通の利便性向上は生活コストの削減にもつながります。
ガソリン代、駐車場代、車検費用などを考えると、市の誘導エリアに移住し、公共交通中心の生活をすることは、長期的に見て経済的メリットが大きいと言えるでしょう。
建設費高騰と業界の構造的制約
しかし、理想的な計画には現実的な課題もあります。
最も大きな問題は、建設費の大幅な高騰と建設業界全体の構造的制約です。
材料費、人件費、工期の長期化がすべて同時に進行し、10年前と比較すると建設費は1.5倍から2倍近くまで上昇しています。これは一時的な問題ではなく、構造的な変化です。
特に深刻なのは建設業界全体の供給能力の限界で、東京都心部、新宿駅前の再開発事業でさえ工事業者が見つからず、完成時期が「未定」となっており、地方都市での大型建設プロジェクトの実現は極めて困難な情勢となってきています。
この影響を最も受けているのがマンション建設です。
マンションは建設費高騰の影響を受けやすく、地方都市では販売価格を上げることが即売れ残りに直結し、新築マンション事業の採算性が根本的に成り立たなくなってきています。
結果として、宇都宮市でも新築マンション供給は大幅に減少し、大手デベロッパーも新規供給を絞り込んでいるのが実態です。
これは「やる気」や「予算」の問題ではなく、日本の建設業界全体の供給能力の限界を示す構造的な問題なのです。
市の思惑と現実のギャップ
宇都宮市は中心部や誘導エリアへの人口集約を図りたいところですが、建設費高騰により、むしろ誘導エリア外、郊外部での戸建て住宅が経済的に最も合理的な選択になっているのが皮肉な現実です。
建設費高騰の影響を受けているのはマンションも戸建ても同様ですが、その影響度には大きな差があります。
戸建て住宅は比較的シンプルな構造で、地元工務店でも対応可能な工事内容です。
使用する資材量も限定的で、工期も短期間で済みます。
何より重要なのは、宇都宮市では土地取得コストが首都圏の数分の一で済むため、建設費上昇分を土地コストの安さで吸収できることです。
同じ予算でマンションと戸建てを比較すると、戸建ての方が圧倒的に広い居住空間を確保でき、駐車場代も管理費も不要という、地方都市では理想的な住環境を実現できるのです。
手厚い補助制度があっても現実は厳しい
市が用意した移住支援金(最大100万円)、マイホーム取得支援(最大85万円)、家賃補助(最大12万円)などの手厚い補助制度は確かに魅力的です。
しかし、これらの補助金を受けられたとしても、市推奨エリア内の土地価格と建築費の合計は、郊外の格安な土地での建築費用を大きく上回ってしまうのが現実です。
例えば、市推奨エリア内で土地1,500万円+建築費3,000万円=4,500万円の住宅を建てる場合、85万円の補助を受けても実質負担は4,415万円です。
一方、郊外なら土地500万円+建築費3,000万円=3,500万円で、900万円以上の差額が生まれます。
同じ建物でも立地によって総額が大きく変わり、補助金では埋められない格差となっています。
特に、子育て世代のニューファミリー層は基本的にマイカー依存型の生活スタイルのため、市推奨エリアの生活利便性の高さよりも、900万円の差額で得られる住宅の広さや設備充実の方がコストパフォーマンスが良いと判断するケースが多いのが現実です。
地元住民の新築志向と将来リスク
さらに深刻なのは、未だに多くの地元住民が新築住宅を強く志向していることです。
「せっかく家を建てるなら新築で」という考えが一般的で、中古住宅やリノベーション物件は選択肢として検討されにくいのが実情です。
また、格安な土地にしかアクセスできない経済状況の世帯も多く存在します。
世帯年収や頭金の制約から、市推奨エリア内の高額な土地を購入することが物理的に困難な層が相当数おり、こうした世帯にとって郊外の安価な土地での新築戸建てが唯一の現実的な選択肢となっています。
しかし、ここで重要なのは将来のリスクです。
立地適正化区域外への安易な居住は、将来的にインフラの更新問題で大きな負担を強いられる可能性があります。
人口減少が進む中、郊外エリアでは上下水道、道路、橋梁などの維持管理費用が住民1人当たりで急激に増大し、最悪の場合、インフラサービスの縮小や廃止も検討されるかもしれません。
そうなれば不動産価格の暴落は避けられず、資産価値を大きく損なうリスクがあります。
また、郊外住民にとって、駐車場確保の難しさや管理費負担を考えると、わざわざ狭いマンションに高いお金を払って引っ越す動機も生まれにくいです。
これは明らかに市の誘導政策とは逆の動きで、経済的制約と住民の価値観により、市民が郊外に向かう流れが止まらない皮肉な状況が生まれています。
中古物件活用への転換が現実的な解決策
この問題を解決する最も現実的な方法は、中古物件の活用促進です。
新築至上主義から脱却し、既存住宅のリノベーションを積極的に後押しすることで、市推奨エリア内での住宅取得コストを大幅に下げることができます。
リノベーションは新築と比較して、建設業者不足の影響を受けにくく、工期も短く、費用も大幅に抑制できます。
何より重要なのは、市推奨エリア内には既に多くの中古住宅や中古マンションが存在していることです。
これらを有効活用することで、新築住宅の供給制約に関係なく、すぐにでも居住誘導を進めることができます。
市として、リノベーション補助金の拡充、既存住宅の耐震・省エネ改修への支援強化、空き家の積極的な仲介とリノベーションセット提供など、新築だけでなく、中古物件活用にも支援を拡充すべきでしょう。
まとめ
宇都宮市の立地適正化計画は将来の持続可能な都市形成において重要な取り組みです。
市推奨エリア、特に高次都市機能誘導区域と都市機能誘導区域は、長期的に生活利便性が高い状態が続くと予想され、長期的な生活設計において大きなメリットがあることから、不動産価値も維持しやすいでしょう。
逆に、建設費高騰と建設業界の構造的制約という現実を無視しては、目先優先の選択をしてしまうと、後々思わぬ困難に遭遇する可能性を高めます。
実際、住宅ローンの平均完済期間はわずか14.4年で、多くの方が想像よりもはるかに短期間で住み替えや売却を行っているのが現実です。
だからこそ、マイホーム選びで大切なのは「今」の基準だけでなく、「15〜20年後にこの家は売れるか?」という視点です。
不動産鑑定では、木造住宅は築25年を超えると評価額はゼロと査定するのが慣例化しています。
つまり、一般住宅は25年を超えると残るのは土地の価値だけとなります。
この現実を踏まえると、市推奨エリアの真の価値が見えてきます。
LRT沿線、駅周辺、商業施設近くといった立地の良さは、将来の売却時にも大きなアドバンテージとなる可能性が高いです。
一方、立地適正化区域外への安易な居住は、将来的なインフラ更新問題により不動産価格の暴落リスクを抱えることになります。
時代の変化に合わせて柔軟に手法を変え、中古物件やリノベーション物件を含めた既存資源の有効活用に着手することが、宇都宮市の未来にとっても賢い選択になるでしょう。
住宅購入を検討されている方には、「15〜20年後に誰がこの家を欲しがるか?」という視点を常に持ちながら、しっかりと価値が維持できそうな誘導エリア内での住まい選びをお勧めします。
また、活用されていない不動産を市の誘導エリア外に所有している場合は、できるだけ早期に売却を検討するのが賢明です。
今回の内容が皆さまのお役に立てば幸いです🙌
★荻原功太朗の業務について★
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